母は衣装持ちで、自宅が水漏れでひどいことになっても、心配したのは自分の洋服のことばかりだった。

家は・・・と聞かれる度、(心配事は服のこととわかっていたので)衣類は確保してあり、これからも着ることが出来るから心配はいらないと、母にわかりやすい言葉で丁寧に優しく説明すると、理解して安心するのだが、また忘れて同じ質問を繰り返す。繰り返すのは認知症だから仕方ない、また辛抱強く同じ説明をするだけだ。

しかし長年住み慣れた自宅が住めないほどになったのだ、もっと他に気になることはないのかと、この人にとってはそんなことが一番気がかりなことなのかと、暗鬱な気分になったものだ。

自宅の水漏れも、認知症の母がしでかしたことだが、本人はそんなことは全く覚えていない。気楽なものだ。やってられない・・・その為にバタバタせざるを得なかった少し前、私はそう思っていた。

けれど今、冷静に考えると、認知症の母なりの、考えられる最善のことだったのかもしれないと思うのだ。
自宅が水浸しになったところで、母は自分が何をしたのか覚えているはずもなく、理解出来るはずもない。そして幸い直ぐに居心地の良い施設に移ることが出来たから、『衣食住』の食と住は何ら不足は無かったのだ。

だから生活していくために足りないのは『衣』だけで、それを心配するのは至極当たり前のことだとハタと気づく。

とはいえ、それなりの衣類は既に施設に運んであるのだ。にもかかわらず「毎日同じ服ばかりでイヤになる」とこぼす母に、何を言ってるのだと心で毒づいたことも事実である。

かと言って、家の片づけをどうするかとか、面倒な手続きのことだとか、そんなことを母が理解出来る筈も、思いつく筈もなく、母にとって大事で容易に理解出来る『衣』のことばかりを心配していたのは、そう考えると、むしろ理論整然としているような気がする。



今はグループホームに落ち着いて、皿洗いを手伝ったりして、率先してスタッフの手伝いをしているらしい。そして本人は介護される側ではなく、する側にいると思っているふしがある。そうして感謝されて喜ばれることは、とても嬉しく、楽しいことのようだ。それに周りの方が皆とても良い人達ばかりだと、あの母が人の悪口を一切言わないのだ。

以前より、素直で良い人になっているw(゚o゚)w オオー!

認知症で色々なことを忘れてしまっているけれど、健全な精神のあり方でいてくれることを、嬉しく思う。

そして、母をそんな状態でいさせてくれる、介護スタッフの方々には本当に感謝している。環境が良いから、穏やかにいてくれるのだ。

母の認知症は、少しずつではあるが、間違いなく進行しているという実感がある。

去年の9月に、母と私と妹の3人で京都旅行に行ったのであるが、あれから一年余り、母の様子は既に隔世の感がある。当時、母が理解出来るうちに旅行に行こうと慌てて計画したのだが、行けて良かったと思っている。とはいえ母は覚えていないのだから、良かったと思うのは私の自己満足に過ぎないけれど、それで良い、気持ちの問題が重要なのだ。

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家が水浸しになったとはいえ、水で良かった。火事でなくて本当に良かった。

車の運転も、既にかなり危険な運転をしていたものの、周りのおかげで母のプライドを傷つけずに免許を返納することが出来、母はゴールド免許のまま運転を終えた。

寒くなる季節、毎日介護サービスを受けているとはいえ、朝晩は一人。暖房のことをはじめ、心配事は沢山あって、どうやって施設入居に軸足を移していけば良いのかと、頭を悩ましていたところでもあった。それが、思わぬ水浸しであっさり解決である。

私は信仰心は特に無いタイプだが、それでも母は父に守られているのかもしれない。そんなことをふと思う。

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